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前橋地方裁判所 昭和52年(行ウ)1号 判決

原告 佐藤末吉 外一名

被告 群馬県知事

主文

一  原告らがした南牧村議会の議員工藤治男の資格決定に関する審査の申立てについて、被告が昭和五一年一二月二四日した裁決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

主文と同旨

二  本案前の申立て(被告)

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  本案の答弁(被告)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  当事者

(一) 原告らは昭和五〇年九月以来群馬県甘楽郡南牧村の村会議員の職にある。

(二) 被告は、地方自治法(以下、法という。)一二七条四項、一一八条五項の規定により、議員の資格に関する市町村議会の決定に対する審査の申立てにつき裁決する機関である。

2  南牧村議会の決定

(一) 原告佐藤末吉は、昭和五〇年九月以来南牧村議会の議員の職にある訴外工藤治男が、昭和四五年一一月一二日以来南牧村に対して主として請負をする株式会社青木建設の監査役の地位にあることを理由とし、右工藤議員が法九二条の二所定の議員の就職の制限に違反すると主張して、法一二七条一項の規定に基づき同村議会に対し、右工藤議員の議員資格の有無につき決定を求めた。

(二) 同村議会は、昭和五一年一〇月六日、右工藤議員が登記簿上では前記株式会社青木建設の監査役となつているが、事実上は監査役としての活動はしていないという理由により議員資格を有する旨の決定(以下、本件決定という。)をした。

3  原告らの審査の申立てと被告の裁決

(一) 原告らは、本件の決定の理由は、法九二条の二の解釈を誤つたものであるとして、昭和五一年一〇月二〇日、被告に対し法一二七条四項、一一八条五項に基づき審査の申立てをした。

(二) 被告は、同年一二月二四日、原告らの審査の申立ては不適法であるとして却下する旨の裁決(以下、本件裁決という。)をした。その理由は、法一二七条四項で準用する法一一八条五項の規定による審査の申立てをすることができる者は、法九二条の二の規定に該当するかどうかの決定を求められた者に限られるので、原告らには本件審査の申立てをすることができないというにある。

4  本件裁決の違法性

本件裁決の理由は、法一二七条四項、一一八条五項の解釈を誤つたものであつて、右理由に基づく本件裁決は違法である。すなわち、法一一八条五項は、議会の決定の公正を担保する趣旨から広く審査の申立ての途を開いた規定であり、同項の申立権者は当時選挙権を有する者全員であると解するのが相当であり、このことは法一一八条五項の場合については行政解釈にもなつている。法一二七条四項の規定する議員の資格決定の場合においても、その性質は同様であつて、申立権者について被告主張のように法一二七条四項の場合を法一一八条五項の場合より狭く解しなければならない根拠はない。被告は、その主張する解釈の根拠として議会の自律権を主張するが、議会の自律権といえども法律の範囲内において行使しうるにとどまり、行使の内容が違法であつてはならないのであつて、当該議員がいかに客観的に明白に法九二条の二の就職制限規定に該当し失職を相当とする場合であつても、その議員が議会多数派に所属するときには、議会が就職制限規定に該当しないとして、明らかに違法な決定をすることはあり得ることであつて、仮に被告の主張する見解に立つとすると、右の違法な議会の自律的権限の行使を是正する方途をふさぐこととなる。

5  結論

よつて、被告の本件裁決は違法であるから、原告は、法一二七条四項、一一八条五項に基づき、その取消を求める。

二  本案前の申立ての理由(被告)

原告らは、法一二七条四項の場合における同条項の準用する法一一八条五項所定の出訴権者(以下法一二七条四項の出訴権者という)に該当せず、従つて、本件訴えについての原告適格を有しないから、本件訴えは、訴訟要件を欠く不適法なものとして却下されるべきものである。すなわち、法一二七条四項は、法一一八条五項を単純に準用しているものの、議会における選挙の効力についての規定である法一一八条の場合と議員の資格決定についての規定である法一二七条の場合とでは、その審査請求及び訴訟の内容、性格が全く異なるものであり、前者の場合には、選挙の公正を担保するための司法審査であつて民衆訴訟的性格を有するものであるのに対して、後者の場合においては、その規定する司法審査は議会の決定によつて議員の資格を喪失した場合においてその資格を喪失した議員が自己の権利を回復・擁護するために特に認められた抗告訴訟的性格を有するものである。よつて、法一二七条四項の場合において、出訴しうる場合及び出訴権者は右の規定の性格から限定が加えられなければならないものであつて、議会の決定により議員の資格を喪失した場合において右議員に限つて当該決定に対し審査請求をし、さらには出訴をすることができるほかは、議会の決定(資格有りの決定にせよ、資格無しの決定にせよ)を取り消す自治大臣または都道府県知事の裁決がされた場合に当該議会の全議員に出訴権が認められるに過ぎず、本件における原告らの場合は、右の二つのいずれにも該当しないものである。このように解することは、議員の資格決定の判断を第一次的には議会の決定に委ね議会の自律権を保障しようとする法の趣旨にも合致するものであり、懲罰による議員の除名処分に対する司法審査についての判例とも一致し、さらには地方自治法制定前の明治時代以来の市制・町村制下における類似の場合における議会の決定に対する訴願をなしうる者が、右決定を受けたる者、即ち資格なしとの決定を受けた当該議員に限られていた法一二七条の沿革にも合致するものである。

三  請求原因に対する認否(被告)

1  請求原因1の事実はいずれも認める。

2  同2の事実はいずれも認める。

3  同3の事実はいずれも認める。

4  同4の本件裁決の違法性についての原告らの主張は、これを争う。その根拠は、法一二七条四項の場合の審査の申立てについても司法審査と同じ理由でその申立権者及び申立てができる場合を制限することが正当であつて被告の主張する本案前の申立ての理由がここにも妥当するものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本案前の申立てについて

原告らが南牧村議会の本件決定を不服として、昭和五一年一〇月二〇日被告に対し審査の申立てをしたところ、被告は同年一二月二四日、原告(審査申立人)らが、右審査の申立てにつき申立人適格を欠くとの理由により、右申立てを却下する旨の本件裁決をしたことは、当事者間に争いがない。本件裁決は、審査行政庁に対する不服申立要件の有無に関する裁決であるから、右裁決の名宛人である原告らは、自己に申立人適格ありと主張して、本件審査の申立てに対する本案の判断を求めて争うことができるものというべく、その前提として、審査行政庁が審査の申立てを却下したことの当否を本案とする本件訴訟につき原告適格を有するものといわなければならない。

よつて、被告の本案前の申立ては、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので、却下する。

二  本案について

請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

さて、右争いのない事実によるとき、本件裁決の理由とするところは、法一二七条四項で準用する法一一八条五項の規定による審査の申立てをすることができる者は法九二条の二の規定(就職制限規定)に該当するか否かの決定を受けた地方議会(以下、単に議会という。)の当該議員に限られるものであつて本件のように当該議員が右規定に該当しない旨の議会の決定があつた場合に、議会の議員であるに過ぎない原告らには右審査の申立てをすることができないというものである。右裁決の理由によるときは、法一二七条一項の議員の資格に関する議会の決定があつた場合においてこれに不服申立てをすることができる場合及び申立権者は、法一二七条四項が準用する法一一八条五項が特に限定をしていないのにもかかわらず、議会の出席議員の三分の二以上の多数決によつて当該議員の失職決定がされた場合に限り、かつ当該議員からのみ審査の申立てをすることができることになる。

右解釈が現在において行政当局のとる解釈であることは、成立に争いがない乙第一号証によりこれを認めることができ、かつ、成立に争いのない乙第二号証によれば、立法の沿革上、地方自治法の前記各法条と同趣旨を定める市制改正法律(明治四四年法律第六八号)三八条三項、町村制改正法律(同年法律第六九号)三五条三項、市制中改正法律(大正一五年法律第七四号)及び町村制中改正法律(同年法律第七五号)の規定により、地方自治法上の議員の失職に関する規定と類似の場合、すなわち議員が被選挙権を有しない場合及び市町村の関係私企業の役員への就職制限規定に触れる場合において市会または町村会が当該事実を決定し、この「決定ヲ受ケタル者」は府県参事会に訴願し、又その裁決に不服のある者は行政裁判所に出訴することができるとされており、従つて右の旧法下においては議会の決定に対する不服申立権者の範囲について被告主張の解釈が妥当していたことを認めることができる。

ところで、前記行政解釈が、基本的には旧法以来の沿革に依拠しているものであることは容易にうかがえるところであるが、現行地方自治法が「決定を受けた者」と明文で規定を置かず、「決定に不服がある者」という文言を準用している以上、右の文言の解釈に当つては、単に沿革上の理由にとどまらず、現行法の規定に即した文理解釈、地方自治法上の議会と長との関係、地方議会の意思決定に対し司法審査の及ぶ範囲、ひいては行政争訟法体系の中での本件争訟の位置づけ等を十分勘案して、不服申立権者の範囲を定めるのが相当である。当裁判所は、右の諸要素について検討を加えた結果、現行法の規定の下では、被告の採る限定的解釈に直ちに左袒することはできないと判断するものであつて、その理由は、次に述べるとおりである。

(一)  先ず、文理上の観点に立つとき、法一二七条四項が準用する一一八条五項が議会の決定に対する不服申立権者についての限定を加えていないことを無視することはできない。この点について、被告は法一一八条の議会における選挙の効力に関する異議に対する決定については、不服申立権者は当該選挙に参画した議員全員であるが、法一二七条の議員の資格決定に対する不服申立権者については、法一二七条四項による法一一八条五項の一般的準用という法の体裁にもかかわらず法一一八条の場合とは別異に解すべきものとしており、その理由として第一に、議会の自律権が尊重されるべきこと、第二に、失職決定を受けた当該議員以外の者には審査の申立ての利益、訴えの利益がないことをあげている。そこでこれらの理由が、本件各規定の文理解釈を左右しうるかどうかについて判断することとする。

(二)  いわゆる議会の自律権の保障はわが国の国会においては、議院規則の制定権、議員に対する懲罰権及び議員の資格争訟の裁判権が憲法上両議院に保障されていることなどに具体化されており(憲法五八条二項、五五条)、また国会に関する憲法上の保障の趣旨は地方議会においても十分尊重されなければならないということについて多言を要しない。しかし他方議会の自律権の保障といつても国会の場合と地方議会の場合においてその保障の程度に差異があることもその性質上当然というべきであり、このことは地方議会において行われる選挙の効力については司法審査が許容されている(法一一八条五項)のに対し、国会においては同種の場合司法審査が及ばないという点にも現われている。本件で問題となつている議員の資格決定についても、法一二七条四項の準用する法一一八条五項において地方議会の右決定について自治大臣又は都道府県知事に対する審査請求及び裁判所への出訴が認められていること自体、議会の自律権に対する制約を法律が認めていることに他ならない。

(三)  そこで次に、右のことを前提とし、より具体的に本件における議会の決定について法一二七条四項の準用する法一一八条五項による審査の申立権者又は出訴権者の範囲を被告主張のように制限することができるかどうかが問題となる。この点につき、被告はまず本件決定を地方議会による懲罰の議決と類似のものであるとし、よつて司法審査をしうる場合及び審査の申立権者についても懲罰の議決の場合と同じく制限的に解すべきものと主張するが、懲罰処分の議決は、本件のような就職制限規定該当の有無に関する決定と異なり、懲罰の原因となる規律違反事実の有無についての判断作用の他に、懲罰の妥当性及び懲罰の種類選択についての合目的的な裁量を多分に含んでいること、また規律違反事実の有無の判断作用といつても対象たる行為が議会内における議員の行為に限られており、その点で議会自身がいわば直接の見聞者であること等、議会の自律権を特に尊重すべき状況にあることを考慮すると、本件決定の場合に安易に類推することはできないものといわなければならない。

(四)  被告は、また、法一二七条の議会の決定に対する自治大臣又は都道府県知事に対する審査請求及び司法審査を広く認めることは同条において議会の決定に出席議員三分の二以上の多数決を要するという特別多数決を要求した趣旨と矛盾すると主張するが、右三分の二以上の特別多数決を要するとしたのは、右決定が議員の身分ないし資格にかかわることであり、特に議員の資格の喪失に関する判断は慎重でなければならないという趣旨であつて、特別多数決による議会の判断が当然に行政不服審査や司法審査を一般的に排除し、決定を受けた者のみが例外的に救済を受けることができるにとどまると解することはできない。

(五)  次に、被告は本件申立人は当該決定によつて失職となつた議員ではないのであるから審査請求を求める利益がないと主張する。なるほど本件における議会の決定の内容は工藤治男議員は法九二条の二の就職制限規定に該当しないとするものであり、この決定の取消を求めるについて当該決定の採決に加わつた議会議員の立場にある原告らに直接かつ個人的な利益があるとは認められない。しかし法九二条の二の規定は普通地方公共団体の議員が当該普通地方公共団体と取引関係にある者又は法人の役員となることができないとすることによつて地方公共団体の議会の公正、ひいては地方公共団体の事務執行の適正を担保するための規定であつて、法一二七条四項及びその準用にかかる法一一八条五項の定める争訟は右規定の遵守を求めるための抗告訴訟(当事者訴訟と対立する意味での)的な民衆争訟の性格を有するものと解することができる。この理は議会において行われる選挙の効力についての争訟が、地方議会における選挙の公正を担保する手段としてやはり民衆争訟的性格をもつとされていることとその性質を異にするものではなく、この解釈は一二七条四項で一一八条五項を何らの変更なく準用して「当該決定に不服がある者」についての申立権を認めた立法の体裁にも合致するものといわなければならない。

三  結論

以上の次第であるから、本件裁決が、本案について判断することなく、原告らが本件審査の申立てにつき申立人適格を有しないとして、原告らの申立てを却下したのは、その理由に誤りがあり、違法といわなければならない。

よつて、原告らの本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園部逸夫 大島崇志 菅原雄二)

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